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最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)893号 判決 1963年2月21日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松井久市の上告理由第一点について。

しかし、原判決の確定した事実によれば、本件建物は、杉皮葺板壁平屋建一棟建坪四三坪八合のものであつて、訴外稲田文作の建築したものを、昭和三〇年三月被上告人において賃借し、爾来被上告人がこれに居住し、家具製造業を営んで現在に至つているというのであるから、原判決がこれを借地、借家法にいう建物に当ると判示したのは正当である。

所論は、原審の適法にした事実認定を非難し、判示に反する事実を前提として原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから、採るを得ない。

同第二点について。

しかし、原判決が、本件借地契約は、借地法九条にいう一時使用のためのものではなく、借地法の適用を受ける建物所有のために設定されたものであること、所論調停条項は、所論の如き趣旨のものではなくて、上告人と訴外稲田文作とが、右の本件借地契約を合意解除してこれを消滅せしめるとの趣旨であるとした判断は、挙示の証拠関係及び事実関係に徴し、首肯できなくはない。

ところで、本件借地契約は、右の如く、調停により地主たる上告人と借地人たる訴外稲田文作との合意によつて解除され、消滅に至つたものではあるが、原判決によれば、前叙の如く、右稲田文作は右借地の上に建物を所有しており、昭和三〇年三月からは、被上告人がこれを賃借して同建物に居住し、家具製造業を営んで今日に至つているというのであるから、かかる場合においては、たとえ上告人と訴外稲田文作との間で、右借地契約を合意解除し、これを消滅せしめても、特段の事情がない限りは、上告人は、右合意解除の効果を、被上告人に対抗し得ないものと解するのが相当である。

なぜなら、上告人と被上告人との間には直接に契約上の法律関係がないにもせよ、建物所有を目的とする土地の賃貸借においては、土地賃貸人は、土地賃借人が、その借地上に建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく、反対の特約がないかぎりは、他にこれを賃貸し、建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめることをも当然に予想し、かつ認容しているものとみるべきであるから、建物賃借人は、当該建物の使用に必要な範囲において、その敷地の使用収益をなす権利を有するとともに、この権利を土地賃貸人に対し主張し得るものというべく、右権利は土地賃借人がその有する借地権を抛棄することによつて勝手に消滅せしめ得ないものと解するのを相当とするところ、土地賃貸人とその賃借人との合意をもつて賃貸借契約を解除した本件のような場合には賃借人において自らその借地権を抛棄したことになるのであるから、これをもつて第三者たる被上告人に対抗し得ないものと解すべきであり、このことは民法三九八条、五三八条の法理からも推論することができるし、信義誠実の原則に照しても当然のことだからである。(昭和九年三月七日大審院判決、民集一三巻二七八頁、昭和三七年二月一日当裁判所第一小法廷判決、最高裁判所民事裁判集五八巻四四一頁各参照)。

されば、原審判断は、結局において正当であり、論旨は、ひつきよう原審が適法にした事実認定を非難するか、独自の見解をもつて原判決に所論違法ある如く主張するに帰するから、採るを得ない。

なお、論旨後段の、上告人が前記和解において、本件建物を稲田文作所有の他の建物とともに四二万円で買い受けることにしたのは、便宜上移転料に代え、取毀し材料として買受けたものである云々の主張は、原審で主張判断を経ていない事実であるから、これをもつてする論旨は、採るを得ない。

同第三点について。

所論事実は、原審で主張されていないから、原審がそれにつき判断しなかつたのは当然のことであり、論旨は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤朔郎)

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